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大阪地方裁判所 昭和62年(ヨ)1454号 決定

申請人

久保田幸一

右訴訟代理人弁護士

管充行

浦功

信岡登紫子

下村忠利

被申請人

エッソ石油株式会社

右代表者代表取締役

八城政基

右訴訟代理人弁護士

小長谷國男

今井徹

別城信太郎

主文

一  本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申立

一  申請人

1  申請人が被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、金一六二四万円及び昭和六二年四月一日から本案判決確定まで毎月二五日限り一か月金二九万円の割合による金員を仮に支払え。

二  被申請人

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  (当事者)

被申請人は肩書地に本社を、全国各地約七〇か所に支店、事務所、油槽所等を置き、各種石油製品及び関連製品の輸入、精製、製造、販売を業とする株式会社であり、申請人は昭和四五年三月北海道大学を卒業し、同年四月一日被申請人に入社し、本社勤務等を経て昭和四九年八月から被申請人大阪工業用製品支店(以下「支店」という。)潤滑油課に勤務していたもので、入社後全国石油産業労働組合協議会スタンダード・ヴァキューム石油労働組合(以下「ス労」という。)に加入し、ス労エッソ大阪支部(以下「ス労支部」という。)において昭和四九年一〇月から昭和五五年九月にかけて執行副委員長、書記長、執行委員長を歴任し、昭和五五年一〇月から再び執行副委員長の地位にあった。

2  (申請人に対する懲戒解雇)

被申請人は昭和五七年七月一三日申請人を同月一四日付で懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

3  昭和五六年一〇月八日被申請人は、営業本部の組織の変更及びこれに伴う人事異動等(以下「機構改革」という。)を昭和五七年一月一日付で実施する旨発表した。機構改革の概要は、顧客志向の営業方針をより徹底し、販売戦略をより効果的に遂行するために支店機構を再構成すること、現在の工業エネルギー、工業用製品、舶用製品、特定販売部を再編成し、新たに工業用製品部及び直需部を設置することなどであり、機構改革によれば、申請人が属していた支店においてはそれまで製品の種類に応じた担当課として設けられていた燃料課、潤滑油課が廃止され、代わりに顧客との取引形態に応じた担当課として直売課、販売課が設けられることになった。

被申請人は、昭和五六年一〇月八日ス労本部に対し、機構改革について通告した。

4  ス労支部は、被申請人が機構改革の理由として「人件費の高謄」や「コンピューターによる本社及び支店の組織上の管理機能の一層の効率化」等を掲げていることから、機構改革は人員削減につながり、組合員の労働条件に重大な変更をもたらすものであるとして、機構改革が発表された昭和五六年一〇月八日以降再三にわたり支店に対し、団体交渉の開催を申し入れた。

5  昭和五六年一一月二〇日ころ、支店潤滑油課長煤田倶三は、会議の席上課員に対し、機構改革に伴う担当業務、担当顧客の変更を発表し、速やかに引継ぎを行なうよう命じた。

このため申請人は昭和五七年一月一日以降は従来工業用潤滑油の販売顧客であった一三社から別の九社に担当替えされることになった(以下「本件人事異動」という。)。すなわち、申請人は支店において廃止される潤滑油課から新設される直売課へ配属換えとなり、従来担当していた工業用潤滑油に燃料油が追加され、その代りに担当顧客が減少するという業務内容の変更がなされた。

これに対し、申請人は「機構改革については労使間で合意が成立していないのに強行実施するのは問題である。」旨述べ、担当顧客の引継ぎを拒否した。

6  昭和五六年一一月二四日ス労支部と支店との間で機構改革を議題とする第一回目の団体交渉が行われた。席上ス労支部は「今回の機構改革については、ス労と被申請人との労働協約第五条覚書に基づき、ス労支部に対して事前通告義務がある。団体交渉を行わずにこれを実行するのは、組合無視である。」旨抗議した。

これに対して支店は機構改革の概要について説明をした上で「今回の機構改革は全社的な問題であるから、これについての団体交渉は本社とス労本部との間で実施する。支店は機構改革を前提として、ス労支部組合の労働条件についてのみ団体交渉を行う。この機構改革により、労働条件に重大な影響を受けるス労支部組合員はいない。」旨述べた。

なお右労働協約五条の覚書において「組合員に重大な影響を与えるような職制機構の改廃並びに事業所の移転、廃止等、会社の経営上重要な変動のあるときは組合に事前に通告する。」旨規定されている。

7  昭和五六年一二月七日支店長島村治が申請人に対して機構改革に伴う辞令(本件人事異動)を交付しようとしたが、申請人は「ス労支部と協議中であるのに強行するのは不当である。」旨述べ、その受領を拒否した。

8  昭和五六年一二月一四日ス労支部と支店との間で機構改革を議題とする第二回目の団体交渉が開催され、席上ス労支部は、機構改革についての団体交渉が終わるまで機構改革に向けてのトレーニングを中止し、人事異動を撤回するよう要求するとともに「機構改革は人減らし、労働強化を目的としている。」旨述べた。

これに対して、支店は「現時点では減員はしていない。支店においてはス労支部組合員の具体的な問題について団体交渉をする。」旨述べた。

9  昭和五七年一月一八日ス労支部と支店との第三回目の団体交渉の席上、ス労支部は「ス労支部に対して、機構改革の事前通告がなく、機構改革は減員や労働条件の悪化を招くものである。」旨述べたが、支店は「機構改革はス労の組合員に対して重大な変更があるとは思わないが、精神的な圧迫があるのであれば、本社がス労本部とやるべきことである。支店はス労支部の組合員について重大な労働条件の変更があるのなら、その事について具体的に団体交渉を申込むべきである。」と答えた。

更にス労支部は「本社、ス労本部間で事前通告がされたか、また、機構改革の内容として事務所の移転はないのか」の二点を明確にするよう要求したが、支店は「充分話したのでこれ以上検討はしない。」と答えた。

10  昭和五七年一月二〇日ス労支部は同月一八日の支店の対応に抗議するため争議行為を行うことを決定し、同日支店との間で行われた団体交渉において「機構改革の件について争議行為を行う。」旨伝え、また「個人に対する業務強要は行わないこと、仮にそのような行為があればス労支部として処置をとる用意がある。」旨述べた。

11  昭和五七年二月三日支店直売課長渡辺慎一は申請人に対し、従来の担当顧客を販売課長荒山三千雄に引継ぐよう命じたが、申請人は「団体交渉を拒否しないでス労支部を通じて解決してもらいたい。」旨述べて引継をしなかった。

同年三月一日ス労支部は申請人に対し、機構改革に伴う命令を拒否するよう指令した。同日渡辺課長は申請人に対し、「担当でなくなった代理店には行ってはならない。」旨命じたが、申請人は「機構改革に基づく業務命令には従えない。このようなことはス労支部で検討するので同支部に申入れてもらいたい。」旨述べた。

渡辺課長はそれ以降も再三、再四にわたり申請人に対し、新たに担当した顧客の引継ぎを命じたり、旧担当顧客の訪問を禁じたりしたが、申請人は、従来の態度を変えず、業務命令に従わなかった。

そこで支店は同年五月二五日申請人に対し、本件人事異動による新業務に従事し、新たに割当てられた顧客を担当するよう命じ、これに従わない場合には適当な措置をとる旨の業務命令を交付したが、申請人は「労使間で未解決の案件になっているのに、これを強要するのはス労支部に対する支配介入である。」旨述べた。

12  渡辺課長は昭和五七年六月三日、四日、八日、九日、一〇日、一四日、一七日、二二日と繰返し、申請人に対し、早急に業務引継を行うよう命じたが、申請人は「機構改革の問題を団体交渉で解決することが先決である。」旨述べて、右命令に従わなかった。

そこで、同月二三日支店長は申請人に対し、一連の業務命令違反は就業(ママ)規定する懲戒事由に該当するとして、同月二四日から七日間の出勤停止にした。

これに対し、ス労支部は直ちに右処分に対する団体交渉の開催を要求し、翌二四日の団体交渉において「ス労支部の指令に従ったことを理由に申請人を処分したのは不当である。」旨抗議したが、支店は「申請人に対する処分は、ス労支部の指令に従ったことを理由とするものではない。業務命令違反を理由とする服務規律の問題である。」旨答えた。

13  昭和五七年六月二六日ス労支部はス労支部に対し、業務命令拒否指令を解除するようにとの指令を出したが、ス労支部はこれを拒否した。

14  昭和五七年七月五日支店長は、出勤停止を終えて出勤してきた申請人に対し、至急業務につくよう命じるとともに、これに従わない場合には然るべき措置をとる旨通告した。

これに対し、翌六日ス労支部は支店に対し、「被申請人に対し、再度業務命令拒否の指令をした」旨通告した。

15  昭和五七年七月八日ス労支部は被申請人の申請人に対する同年六月二三日付出勤停止が不当労働行為であるとして、大阪府地方労働委員会に対して、不当労働行為救済申立をした。

16  昭和五七年七月一三日午前渡辺課長は申請人に対し、再度業務引継を命じたが、申請人は「機構改革の問題が先決である」旨述べて、この命令を拒否した。

同日午後支店長は申請人に対し、「出勤停止処分になった後も業務命令を拒否し続けていることは、就業規則六一条(3)、六二条(5)、(10)、(11)に該当するので六〇条(4)を適用して昭和五七年七月一四日付で懲戒解雇する。」旨伝えた。

なお就業規則六一条(3)は、「職務上の指示命令に従わず、職場の秩序をみだしたときは、会社はその情状により譴責または減給に処する。」、同六二条は、「職場の風紀または秩序を乱したとき((5))、六一条のうち特に情状が重いとき((10))、その他前各号に準ずる不都合な行為をしたとき((11))は、会社は、その情状により出勤停止または懲戒解雇に処する。」旨それぞれ規定している。

二  右一の各事実を前提として、本件懲戒解雇の効力について検討する。

1  申請人は、被申請人から昭和五六年一一月二〇日ころ本件人事異動の内示を受けて以来、一貫して「機構改革について労使間で合意が成立していない以上、本件人事異動に従うことはできない。」との態度をとり続け、昭和五七年七月一三日まで支店長らの度重なる説得にも応じず、また、ス労本部から、業務命令拒否の指令についての解除の指令があったにも拘らず、それにも従わず、かたくなに機構改革の問題が先決であるとして被申請人の人事異動についての業務命令に違反し続けた。

2  申請人は、「機構改革に伴う本件人事異動は労働協約五条覚書により、「組合員に重大な影響を与えるような職制機構の改廃等」がある場合であるから、被申請人はス労支部に対して事前に機構改革を通告する義務があったにもかかわらず、ス労支部に対して事前に通告していない。」旨主張する。

しかし、申請人は機構改革により支店において廃止される潤滑油課から新設される直売課へ配属換えとなり、従来工業用潤滑油のみを担当していたのが、それに加えて燃料油をも担当しなければならなくなったが、それまでは、直接買受ける顧客と販売店を相手にしていたのが、直接買受ける顧客のみを相手にすればよくなり、結局、担当顧客は一三社から九社に減少していることなどからすると、本件人事異動は、直ちに労働協約五条覚書にいう「組合員に重大な影響を与えるような職制機構の改廃等」がある場合に該当するとはいい難く、申請人の所属するス労に対し、事前通告する義務があったとは認められないが、仮に事前に通告する義務があったとしても、被申請人は昭和五六年一〇月八日ス労本部に対して、機構改革を事前に通告しているから、労働協約五条覚書に違反しているとはいえない(ス労本部に対して通告すれば足り、ス労支部に対してまでする必要はないものと解される。)。

3  申請人は、「申請人は、昭和五七年一月一日当時ス労支部の執行副委員長であったから、労働協約三六条五項(組合役員(中央執行委員および会計監査委員)の転勤を行なおうとする場合は、組合と協議する。支部・分会連合会三役(委員長、副委員長、書記長)の場合もこれに準ずる。)により、申請人に対する本件人事異動については、被申請人はス労支部と協議しなければならなかったにもかかわらず、誠意をもって団体交渉に応じていない。」旨主張する。

しかし、本件人事異動は、勤務地の変更を伴うものではなく、業務分担の変更にすぎないから「転勤」とはいえず、したがって、被申請人は本件人事異動についてス労支部と協議すべき義務はないというべきところ、被申請人とス労支部との間で昭和五六年一一月二四日、同年一二月一四日、翌五七年一月一八日の三回にわたり、機構改革を議題とする団体交渉が開催されたが、ス労支部は一貫して「機構改革について、ス労支部に対し、事前通告がなかったこと、機構改革は人員削減や労働条件の強化をもたらす。」旨を主張するのみで、申請人の人事異動につき、具体的な労働条件の変更について協議しようとしておらず、これに対して、被申請人は「ス労支部組合員について重大な労働条件の変更があるのなら、その事について具体的に団体交渉を申込むべきである。」旨主張して、以後具体的な主張をしようとしないス労支部との交渉をしていない。

機構改革は全社的なものであるから、機構改革それ自体については本店とス労本部との団体交渉ですべきものと解され、支店においては機構改革の内容について説明をすることはできてもその改廃についての権限はないものと考えられるから、機構改革により組合員の具体的な労働条件に変更のある場合について団体交渉をすれば足りると解される。

これを本件についてみると、ス労支部は支店に対してもっぱら機構改革が人員削減や労働条件の強化をもたらす旨主張するのみで、申請人の具体的な労働条件の変更について協議しようとしておらず、結局、機構改革それ自体を撤回させることを目的として団体交渉をしていたと評価されてもやむを得ない。したがって、被申請人において具体的な労働条件の変更について協議しようとしないス労支部に対し、それ以上団体交渉をしなかったとしても、誠意をもって団体交渉をしなかったとは、到底いい難く、仮に、被申請人において本件人事異動についてス労支部と協議すべき義務あったとしても、右義務に違反したということはできない。

4  申請人は「業務命令(本件人事異動)の拒否は正当な組合活動であった。」旨主張するが、申請人はス労本部から業務命令拒否指令についての解除指令があったにもかかわらず、これに従わず、一貫して機構改革について労使間で合意が成立しない以上業務命令に従わないとの態度をとり続けたものであり、業務命令の拒否が正当な組合活動とはいえない。

5  申請人は、「本件懲戒解雇は、被申請人においてス労支部及び申請人の組合活動を嫌悪して申請人の業務命令拒否を口実に不利益を課し、ス労支部を弱体化することを企図してなした不当労働行為であり、また、解雇権の濫用である。」旨主張するが、これを認めるに足る疎明資料はない。

なお、ス労支部において、申請人に対する昭和五七年六月二三日付出勤停止が不当労働行為であるとして、大阪府地方労働委員会に対して救済申立をした同年七月八日から数日後の同月一四日付で本件懲戒解雇がなされたことをもって、直ちに本件懲戒解雇が右救済申立に対する報復措置であると認めることもできない。

6  右1ないし5の事情からすると、申請人の業務命令拒否は、「職務上の指示命令に従わず、職場の秩序をみだしたとき」(就業規則六一条(3))にあたり、しかも、「特に情状が重いとき」(同六二条(10))に該当するというべきであるから、本件懲戒解雇は相当であり、有効であるといわなければならない。

三  以上のとおりであって、本件申請は被保全権利の疎明がないというべきであり、また、保証を立てさせて疎明にかえることも相当でないから失当としてこれを却下し、申請費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 原田保孝)

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